あなたに捧ぐ潮風のうた

 通盛は文を書く時間すらも惜しく、牛車を準備させると直ぐに上西門院のおわす御所、金剛院寺に向かった。取次の若い女房は、通盛を見ると直ぐに何かを察したように微笑んで「小宰相様は現在ご実家に戻られています」と答えた。

 礼もそこそこに、通盛は彼女の実家に牛車を走らせた。

 ……小宰相殿は福原に来るだろうか。
 ……それともこれが別れとなってしまうのか。

(会いたい)

 既に日は沈んでいたが、道中、通盛は逸る心を抑えきれずにいた。

 牛飼童が到着を告げると、通盛は牛車から降りる。薄暗い夕闇の中で、ちょうど庭の生垣から小宰相が垣間見えた。

 彼女は相変わらずの愛らしさで、普段出仕している時の服より、随分と簡素なものであったが、普段と違う姿に通盛はまた胸を高鳴らせた。

 彼女は心ここに在らずと言った体でぼんやりと庭を眺めていた。
 
 通盛が意を決して敷地に足を踏み入れると、庭に咲き誇った何本もの菖蒲が香り、通盛を優しく迎え入れた。
 
 邸宅には向かわず彼女のいる庭に向かうと、彼女に目がこちらを向き、大きく見開かれた。

「……通盛様」

「突然申し訳ない。貴女にどうしても会いたくて来てしまった」
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