あなたに捧ぐ潮風のうた
通盛は小宰相に話しかけた。彼女の気分を害していないか、十分に距離を取ったまま話しかける。
手紙では個人的な話もするようになった上、彼女もどこか手紙のやり取りを楽しみにしている様子も見受けられるが、実際に対面して彼女が嫌がる顔をしたならば、直ぐに背中を向けて帰ろうと思っていた。
そんな不器用な様子の通盛を見た小宰相は、少し呆れたような、そして何故か泣き出しそうな顔をして「……お待ちしていました」と顔をうつむけて、部屋に上がるように言った。
「突然こちらには何故お越しに?」
小宰相は少し緊張した様子で身じろぎしながらそう尋ねた。
通盛は彼女を緊張させていることに申し訳なさを感じながら、突然押しかけた訳を話した。
「……近頃、大勢の人間が平安京を離れることになる。いつ此処に戻って来られるか分からない。だから、直ぐに貴女に会いたいと思った」
心の内を正直に全て話すと、彼女は暗闇でも分かるほどにぱっと顔を赤らめて袖で顔を隠した。
少しは自分のことを意識してくれているだろうか。照れているのを隠そうしている可愛らしい様子を見つめながら、通盛はやはり彼女を訪ねて正解だったと思うのだった。
「...…何処かに旅立たれるのですか」
小宰相は顔を隠したまま目を伏せて尋ねた。
「……ああ。あまり詳しいことは言えないが、大勢の人が福原に移ることになる。……貴女も、私と一緒に来るつもりはないだろうか」
そう言うと、彼女は顔を隠すことすら忘れたようで、目を見開き、驚いた顔をした。