あなたに捧ぐ潮風のうた
小宰相は、案の定と言うべきか、首を横に振った。やはり、と通盛は肩を下げた。分かっていたことだが、病気を患っている父親と仕えている主人を置き去りに福原に行くなど、責任感の強い彼女がそれを許すはずもない。
「……福原にある私の別荘近くには海がある。夜には波の音が聞こえてくるほど近い。いつか貴女に海を見せたいと思っていたが、今はまだその時ではないようだ」
自分の感情だけが先走っていく。きっと彼女は海を見ればはしゃいで満面の笑みを浮かべるだろうに。
子供のような自分に呆れてため息をつくと、小宰相は「いつか……」と注意していなければ聞き逃してしまいそうなほど呟きを落とした。
「……いつかわたくしを此処から連れ出してくださいませ、通盛様……」
小宰相は、ひどく寂しそうな声をしていた。その呟きを逃さずに拾った通盛は、「勿論」と頷き、彼女の小さな手を握った。嫌がらなかった。
「貴女の望む景色を見せてあげよう。貴女の望むことがあれば、出来ることは全て叶えよう。私は貴女とは到底釣り合わない平凡な男だけど、貴女を思う気持ちだけは絶対に誰にも負けないと思っている」
通盛は小宰相の手を引いて、その小さい身体を優しく抱きしめた。
「毎日貴女を思って、見せてあげたい景色をたくさん書いて、また手紙を送ろう。だから、貴女も私に返事をくれないだろうか」
……そして、その景色をいつか実際に貴女と見ることができたら。
密やかに囁くと、彼女も通盛の胸に顔を埋めて小さく頷いた。
通盛は彼女の芳しい香り、美しく流れる黒髪、温かく小さな細い身体を感じていると、このまま帰りたくない、朝まで彼女と片時も離れずに過ごしたい気持ちにさせられた。
(……これは一体どんな夢か……)