あなたに捧ぐ潮風のうた
後白河院の表情が徐々に暗くなっていく。
これ以上この話題を続けるのは良くないと思ったのだろう、教盛はさり気なく話題を変えた。
「……そういえば、法皇様はかつてここ福原で宋人にお会いになったことがあるとか」
唐突な教盛の言葉に、後白河院は記憶を辿るように目を細めて、「ああ、懐かしいのう」と相好を崩した。
「あれは……十年ほど前のことか。清盛が面白いものを見せるから会いに来いと言ってな。宋人に引き合わされたのはあれが初めてであった」
その話は、父教盛が昔聞かせてくれたことを通盛は思い出した。
清盛のあまりに破天荒な行いに通盛は仰天したものだった。
「公卿らは前代未聞、鬼の所業とまで激怒したが、清盛はさようなことは知らぬ、先例がなければ作るものと両断した。帝ですら国を富ませるための手段、貿易で有利な条件を引き出すための手段に過ぎないと思っていたのだろう。全く……出家しても恐るべき奴よ」
後白河院は嗄れた低い声で笑い、教盛に問うた。
「清盛は今年で何歳になる」
「兄上は今年で六十三でございます」
後白河院は教盛の答えに「さようか」と呟き、「平家には清盛以外に常識はずれはおらぬからのう。わしと奴、どちらが先にくたばるか根比べだな」と可笑しそうに笑った。