あなたに捧ぐ潮風のうた
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福原を離れて都に戻れば、これまでよりゆっくりと過ごせるかと思いきや、平家一門は反平家勢力を更に鎮圧するために忙殺されていた。
打倒平家を掲げる源氏は伊豆を中心にして勢力を拡大しており、その源氏の棟梁は源頼朝といった。
この頼朝という男は、かつて朝廷に反乱を起こして処刑された罪人の息子であったが、清盛の情けにより命を救われ、伊豆に流刑された。その情けが今、平家を打ち倒さんとする大きな火種へと成長したのである。
それを知った清盛の反応は凄まじいものだった……と通盛は遠い目をしながら、菊王丸に手伝われて戦の用意を整えていた。
通盛は、源氏と結んで平家に激しく抵抗する南都の仏教勢力を鎮圧すべく組織された追討軍の副将に任命されていた。総大将は従弟の重衡である。
現地の大和国の武士達を動員し、悪徒どもを完膚なきまでに討ち滅ぼし、坊中など全て焼き討ちにせよ、早々に京を発てとの清盛の命令だった。
清盛は、以仁王の乱の際に手を貸し、反平家を隠そうともしないどころか、反平家の拠点となりつつある南都の大衆たちを最早許すつもりは無いようであった。
「全く。次から次へと」
これでは仏敵になる覚悟を決める暇もない、と通盛はため息混じりにぼやくと、それを聞いていた菊王丸が苦く笑ったのが分かった。
「菊王丸、お前も疲れただろう」
「たとえ、どれだけ疲れていたとしても、通盛様が行かれるところならばどこまでもお供いたします」
主人の問いかけに、小さな鎧を身に纏う侍童は頼もしく笑った。