あなたに捧ぐ潮風のうた


「兄上、どうかお気をつけて」

 屋敷を出る直前、教経が通盛に声を掛けてきた。兄の見送りのつもりらしい。

 普段兄には冷淡な態度を取っている弟だが、本当は優しい性格をしているというのを通盛は知っている。

「ああ。行ってくる」

 通盛がにこやかに返事をすると、弟は眦を吊り上げて「出陣前に笑わないでください」やら「副将としての務めを果たしてください」やら兄を容赦なく厳しく戒める。

 世の中にここまで弟に戒められる兄がいるのだろうか。心配しているのかしていないのか、その様子が可笑しくて笑い出しそうだったが、また弟に怒られてしまうと思って我慢した。

 菊王丸を従えた通盛は大鎧姿で馬に乗り、屋敷の前に集結した郎等たちに「参るぞ!」と声を掛けて鼓舞する。彼等はそれに呼応して勇ましく叫んだ。


< 204 / 265 >

この作品をシェア

pagetop