あなたに捧ぐ潮風のうた


 六波羅の屋敷を出た通盛らは、重衡らの軍と合流した。雨天の為に一時宇治にとどまり、晴天になってから共に木津川沿いに南下して大和国(現在の奈良県)に向かった。

 いよいよ南都に近づいた頃、平家の兵は在地の武士らも合流して数千もの規模になっていた。先遣の武士から伝令があり、木津から南都には大衆らが陣を広げているとのことであった。総大将の重衡は軍の前進を止め、「この先は二手に分かれよう」と通盛に提案した。

 武士達が僧兵たちにそう易々と負けるとは思えないが、大人しく全軍が正面からぶつかり合う必要もない。通盛は「何処と何処から向かうんだ」と問う。
 
「私たち本隊はこのまま木津方面から、通盛たちは奈良坂からそれぞれ南都に向かう」

「分かった。そちらは頼んだぞ」

 通盛は頷いて兵を奈良坂の方に向け、馬を走らせた。



 南都側の抵抗は激しかった。

 僧兵たちは通盛が向かった奈良坂の方にも陣を展開した。頭部を布で覆い、高下駄を履いて薙刀を携えた僧兵たちが、幾人も待ち構えており、城郭を築いて平家の軍勢を南都には行かせまいと必死の抵抗をしていた。

 流石に南都の本拠地という訳か、部下に報告させた数の上では平家を上回っているようである。

 重衡本隊からも南都の陣と交戦したという連絡も受けていた。つまり、陣を突破しなければ、すぐそこまで迫った南都には入ることが出来ないというわけである。

 平家の隊は立ち塞がる敵勢を悉く打ち倒していたが、何と言っても敵の数が多く、戦闘自体は平家が優勢であるにも関わらず、前進を防がれていた。

 日没が近付いた時、通盛は今日中の決着を見ないと判断し、山を背後として場所に軍を一時後退させる。

「ここに陣を張る。怪我人の治療に当たれ。皆の者、明日に備えよ」

 武士達は副将の言葉に従い、それぞれ一晩の休憩に入った。
 
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