あなたに捧ぐ潮風のうた
翌朝、日の出とともに通盛率いる軍は奈良坂に再び侵攻を試みた。直ぐに僧兵たちが飛び出してきて「平家ども、ここから先は決して通さぬぞ」と目を怒らせて立ち塞がり、薙刀を手に襲いかかってくる。
通盛は僧兵の剣幕に驚く馬をいなしながら右手を挙げた。
「矢を放て」
通盛の指示のもと、平家軍は僧兵たちに矢の雨を一斉に浴びせたが、太い木の陰に身を伏せる者、薙刀で矢を切り落とす者、高く飛ぶ矢を潜り、低く飛ぶ矢を飛び越え、平家軍まで迫り来る者、一筋縄では行かない。
やはり人数の面で攻め手を欠いており、徐々に軍にも苛立ちの空気が過ぎる。日は早くも落ち始めていた。騎馬で一点集中突破すれば蹴散らすことは可能であるという話にもなったが、それは通盛が尚早であると阻止した。
そして、ついに戦局は通盛が望んだように動いた。
重衡の本隊から連絡があり、木津に置かれた南都の僧兵たちを数で打ち倒して陣を突破することに成功したため、南都に向かうと伝えられた。
敵も同様も連絡を受けたのだろう、徐々に敵が南都側に後退していくのが分かった。時が来たことを知った通盛は決意し、「我らも本隊に続け! 再び矢を放ち、陣を突破せよ!」と叫んだ。
膠着していた戦場に苛立っていた武士たちは、矢を一斉に四方に放ち、雄叫びをあげて騎馬でその場所を荒々しく突破した。
そのまま馬で奈良坂を走り、南都に入る。
既に太陽は西の山に落ちていて、辺りは随分と暗くなっていた。通盛は同じ場所に二晩夜営することにならずに済んだと一息吐いた。