あなたに捧ぐ潮風のうた
しばらく道を行くと、南都に着いた。
先に重衡軍が到着しているらしく、薄暗い中に火の灯りが見えた。
清盛の命令は南都を焼き討ちすることであり、重衡たちはすでにその任を粛々と遂行していた。通盛たちは一足遅かったようである。
彼らは周囲の空き家に次々と火を放つと、暗闇は昼間のように赤く染め上げられた。
当初の目的を果たすため、周辺の家屋だけではなく、東大寺や興福寺の中にうち入り、主要な建物に火をつけた。風が強く、火は次々に延焼し、南都全体を焼いていく。
寺に隠れていた僧侶や庶民は逃げ場を求め、次々に叫びながら走り去っていった。
寺を焼かれて戦意を喪失した者が逃げ惑うが、平家の軍たちはそれを追わず、総大将の重衡は直ぐに全軍の撤退を指示した。
南都を焼く目的は果たしたからである。
「風が強いな」
重衡は南都から引き揚げる時に馬で並走していた通盛に小さな呟きをこぼした。
「……あまり不要な所にも焼け広がらないといいが」
「そうだな」
通盛は疲れた顔をした従弟の言葉に頷いた。
焼き討ちの成功を知った清盛は手を打って喜びを露わにしたというが、南都、特に東大寺の被害は人々の予想を超えるものであった。ほとんどの仏像や経典は焼け、南都の誇る大仏の顔と手は焼け落ちてしまったという。これを聞いた信心深い者達は天罰を恐れて震え上がった。