あなたに捧ぐ潮風のうた
孝子は生まれて間もなく実の母を失ったが、代わりに呉葉が彼女の母となった。
呉葉は主従の壁を越え、抱き締め、叱りつけ、書物を読み聞かせ、矛盾を突き、褒め、そしてまた抱き締める。それ故、孝子は母の愛を知っている。それはとても幸せなことだ。
頼もしい存在に心安らいだ孝子は、柔らかく微笑んで呉葉を見つめる。
「わたくしを案じてくれるのはとても嬉しいけれど、いつか貴女が本当に父上様のお叱りを受けてしまわないか心配よ」
「姫様のために正しいことをしてそれでもお叱りを受けねばならぬのなら甘んじて受けます」
呉葉に臆した様子は微塵も感じられない。
「貴女は武士よりもずっと頼もしいわ」
「母は子のためなら強くなれるのですよ。武士の方々も、母には形無しです」
それはあながち冗談とは思えなかった。
厳つい鎧武士が己の母の前で悄然とうなだれる場面が想像出来てしまい、孝子はくすくす笑った。