あなたに捧ぐ潮風のうた

「此処から出たいと仰るのであれば、自分が貴女をお連れしましょう。貴女が行きたいと仰るところには、きっと自分でもお連れできます。見たいと仰るものをお見せします。何も平家の男に頼る必要はないのでは」

 それは呆気にとられるほどの唐突な言葉だった。

 しかし、問われて改めて考える。何故、他の者ではいけないのか、と。

 小宰相は昔から狭い世界に飽いていた。自分の部屋や屋敷を出て、色々なものを己の目で見てみたいと思って生きていた。それがいつしか上西門院の御所に出仕するようになり、父の言葉に従って家のために安定した良い縁を探そうと自分を騙していた。自分で自分を再び狭い世界に縛りつけることになったとしても、いつまでも夢見るばかりでは生きてはいけないのだと、笑顔のまま物分かりが良い娘の振りをしていた。

 ――海を見せたいと言って自分を連れ出そうと手を差し出した男に、何かを打ち砕かれた気がした。

「……わたくしはあの方と見たい景色がたくさんあります。あの方だからこそ、いつか此処を出て一緒に行きたいと思ったのです。他の、誰でもない、通盛様なのです」

 小宰相は話しながら微笑んだ。

 もはや自分を誤魔化す必要もない。不思議と晴れやかな気分だった。

 義則はしばらく小宰相を無言で見つめていたが、「失礼いたしました」と一言言ったきり、それ以上何も言わなかった。

 退室する際にちらりと見えた彼の横顔には、何故か穏やかな笑みが浮かんでいた。

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