あなたに捧ぐ潮風のうた

 小宰相は官位を持っていた父を亡くしたため、小宰相と婚姻を結んでも通盛が受ける政治的利益はほとんど無いだろう。

 しかし、通盛自身は勿論、通盛の父教盛、弟教経を始め、平家一門の多くが通盛の婚姻を喜び、小宰相を歓迎した。門脇家の嫡男がようやく結婚を決意したのである。その上、念願の想い人と結ばれたのだから喜ばない者はいなかった。

 無論、小宰相の方の親類も誰一人反対することなかった。それ以上干渉することもなく、婚姻の祝宴は平家方ばかりで行われた。

 かつて小宰相を「姫様」と呼んでいたほとんどの者が「北の方」と呼ぶようになり、その度に小宰相は自分が通盛の妻になったことを実感するようだった。

 小宰相は自分のために北の居室が与えられたが、一日のほとんどは通盛が生活をするために設けられている屋敷中央の寝殿で生活をしており、毎日の夫婦の特別な時間を大切にしていた。

 夜、食事のあとは二人で月を眺め、時には和歌や書物を読み、琵琶を鳴らして笛を吹く。和歌や琵琶などはあまり得意でも好きでもない小宰相が弾いて聴かせたいと強く思ったのは、彼が初めてであった。

「驚いた。貴女は琵琶が上手だね」

 通盛はそう言って微笑み、小宰相の頭を撫でて、唇に口づけを落とした。

「ずっと、わたしだけのために聴かせてくれ、孝子」

 孝子。その名はもはや今となっては通盛しか呼ぶ人はいない。

 唯一の人、特別な人。ますます愛おしさがこみ上げて、頷いた。
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