あなたに捧ぐ潮風のうた
平家は先遣隊の知らせを待つために陣を引き、しばらくの間待機をしていた。
「維盛殿、いかがなされた」
とある夜、通盛は騒ぐ兵たちの輪から離れたところに立っていた維盛の背中に声を掛けた。
彼が一人で立っているとどこかに消えてしまいそうな儚さや危うげなものを感じ、声を掛けずにはいられなかったのである。
「……いえ」
通盛を振り返った維盛は目を伏せた。
「また前の失敗を犯したらと思うと……」
彼はどうやら初陣の失敗を引きずっているようだった。
彼が関東で源頼朝と戦い敗北したことは、清盛に福原遷都を断念させるほどの怒りをもたらした。それが心の傷になっていても仕方がない。
大将軍に選ばれたと言っても、まだ二十五ほどの若者だ。父重盛を失って間もないということもある。
通盛は維盛の肩に手を置いた。
「負けた時のことは負けた時に考えたらよろしい。もしこの大軍勢をもってしても敗北するならば、それはそういう潮流なのでしょう」
「潮流?」
維盛は首を傾げた。
「我らの手ではどうしようもない命運というものです。勝つ為に奮励した結果が敗北というならばそのようにして受け入れざるを得ないでしょうが、まだその時ではありません」
通盛がそう答えると、維盛は唇を噛み締めながらも頷いた。