あなたに捧ぐ潮風のうた
先遣隊の知らせが届いたのはその直後だった。
平家の先遣隊は、義仲方の軍と見られる敵勢から闇に乗じて奇襲を受け、後退を余儀なくされたという。
「突然どこからともなく闇の中から敵兵が現れ……」
逃げ帰った先遣隊の一人は息も絶え絶え、怯えた表情でそう語った。
先遣隊の中には負傷している兵も少なくなく、このまま前進して先遣隊の二の舞にならないかと通盛は悩んだ。
何しろここは四方が山に囲まれており、平家の大軍の力も発揮できない。山を抜け倶利伽羅峠を越えた先には確かに陣を敷く広い平野もあるが、行軍中に夜襲に遭う恐れは高い。
義仲軍は慣れた動きで絶えずこちらを翻弄し、少ない兵力で身軽に動いて大軍相手に有利に立ち回ろうとしている。
流石は「木曽」を名乗るだけのことはあると通盛は忌々しく思った。信濃の山奥育ちには山岳戦もお手の物ということだろう。
山に入った時点で、退いても進んでも平家には分が悪い。既に相手の有利な戦場に誘いこまれたのだ。
「襲撃のおそれがあります。一時的に少し後退しましょう」
通盛が進言すると、維盛も頷いた。
「わたしもそれが良いと思います」
大軍のままでは身動きが取りづらいと、維盛は軍を二つに分けて後退し、陣を敷くことを指示した。
維盛率いる七万騎の主力、そして通盛率いる三万騎だった。
主力軍はこのまま越中国との国境の山中に留まって陣を敷き、通盛軍は能登国志雄山で陣を敷くことになった。