あなたに捧ぐ潮風のうた
山での夜営は武士であっても恐ろしいものだった。
木々が風で揺れて山が騒めくたびに敵襲かと兵たちに緊張が走る。
脇道の陰からいつ敵が襲いかかってきて首を掻き切られるとも分からない。
武士達が死の恐怖に怯えるのも致しかたなかった。
交代で仮眠を取るように指示をしたが、武士達も気が尖っていて眠れるような状態では無いようだ。
通盛はふと空を見上げた。
欠けた月は雲に隠れており、雲の陰から時折姿を見せても都で見るそれよりも寒々しく見えた。
都は今どうなっているだろう。
そうやって都に想いを馳せる度に、通盛は妻のことを思った。
しっかりとしているが、意外に気持ちに弱い所もある女性だから、早く帰って安心させてやりたいと思うばかりだった。
「通盛様」
通盛の部下である滝口という男が通盛の背中に声を掛けてくる。
「なんだ」
振り返ると、滝口は跪いて頭を垂れた。
「そろそろお休みになられたらいかがです。見張りは我々がしておりますゆえ」
それは有り難い提案だったが、通盛は苦く笑って首を横に振った。
「残念だが、わたしはこの状況下で眠れるほど肝の座った男ではない」
そう言って肩をすくめ、通盛は肌身離さず持っている刀を強く握りしめた。
──平家軍内部も安心できるものではない。
平家に昔から仕える者以外、特に在地で平家に賛同する者達も合流しているのだ。
彼らが「義仲に勝機あり」と言って平家を裏切り、その大将首を狙わないという保証はない。
帰りを待っている人がいる限り、このような山奥で死ぬわけにはいかない。
通盛は再び気持ちを引き締めた。