あなたに捧ぐ潮風のうた
すると、部屋の入り口右側の柱に、一人の男とみられる影があるのが目に入った。
柱で隠れているうえに、御簾も隔てていることもあり、姿形は見えないが、よく見れば男の着物が柱から僅かに見えている。
来客の知らせは受けていないのに、と不思議に思い、見知らぬ男に警戒心を抱いた孝子は「どなたですか」と居住まいを正し、尋ねた。
その人物は知られてしまったことに動揺したのか、柱から見えていた着物がすっと見えなくなった。
「出てきなさい」
呉葉はため息を吐き、呆れたように言う。
影に向かって話し掛けたところを見ると、呉葉は影の人物と知り合いのようだ。
すると、しばらくの沈黙が過ぎたのち、一人の少年が眉を寄せた不機嫌そうな表情で出てきた。
恐らくは孝子と年齢はさほど変わらないだろう。
浅黒い肌で背の高い少年だが、顔にはまだ隠し切れない幼さが宿っている。切れ長の目は冷たい印象を、横一直線に引き結ばれた唇は気が強そうな印象を与えていた。
若草色の狩衣と烏帽子を見る限り、元服(成人式)はしているに違いない。やはり、孝子と同じくらいの年齢だろう。