あなたに捧ぐ潮風のうた
重衡はそのまま背を向けて自分の屋敷に戻っていった。
初めて従兄弟から感じた拒絶の念だった。
通盛はしばらく彼の背中を見送っていたが、やがて彼の背中が見えなくなると、通盛も自分の屋敷に戻った。
――反乱勢力との戦いが始まって以来、特に戦いに慣れていない若者で心を病むものが増えた。
特に維盛や重衡など、貴族の色に染まり切って血や争いを忌避する者は、そういった傾向があった。
しかし、通盛にはそういった変化は無い。
自分の興味が向くこと以外には淡白な性格をしているからだろうか。
あるいは、自分たちの本質は武士であるということを心の何処かでは知っていたからだろうか。
(……我々は貴族か、武士か)
今こそ平家が試されている気がした。
「お帰りなさいませ」
屋敷に戻って部屋に戻ると、笑顔の小宰相が迎えてくれた。
妻の愛らしい様子を見れば、思わず通盛も笑顔になる。
ただ妻との平穏な日々を楽しみたいだけだというのに、平家を取り巻く状況がそれを許さない。
(きっと不安な思いをさせているだろう……)
北陸から戻ってきた際に泣かせてしまったこと、自分の不甲斐なさに呆れるばかりだ。
それでも笑顔を見せてくれる彼女のためにも、これ以上の心配は掛けられないという思いは日に日に強くなっていく。
きっと情けない顔をしているだろうと思い、妻を抱き寄せて顔を隠しながら「ただいま」と返した。