あなたに捧ぐ潮風のうた
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「離縁……?」
小宰相は自分の耳を疑った。
本当に自分の夫が発した言葉なのか、にわかには信じることが出来なかった。
通盛は唇を噛み締めていたが、はっきりと頷いた。
「そうだ。貴女まで都から罪人のように逃れる必要はない。平家の咎は平家が負わなければならないのだから。貴女を妻にという男は必ずいるだろう。それが嫌なら出家をして仏道に入ればいい」
その言葉は優しさによるものだと分かったが、それでも小宰相には受け入れることができなかった。
「連れて行ってはくれないのですか」
「わたしについてきて見れる景色は地獄だ」
通盛は苦しげに首を横に振った。
「それでも構いません」
小宰相は都に残るつもりなど無い。その決意はすでに出来ていた。
通盛以外の男を夫とするつもりはない。
そして、通盛が地獄を見ると言うなら、小宰相も共に在る。
妻として、家族として。最後の瞬間まで。
「……ああ」
通盛は表情を歪めて顔を手で覆った。
「貴女を不幸にすることが分かっていたなら、妻にはしなかったのに」
「どこにいても、通盛様と一緒なら不幸ではありません。だから、そのように悲しいことを言わないで」
小宰相は通盛の手にそっと触れる。
通盛は肩を震わせて泣いていた。初めて見た彼の涙だった。