あなたに捧ぐ潮風のうた





「離縁……?」

 小宰相は自分の耳を疑った。

 本当に自分の夫が発した言葉なのか、にわかには信じることが出来なかった。

 通盛は唇を噛み締めていたが、はっきりと頷いた。

「そうだ。貴女まで都から罪人のように逃れる必要はない。平家の咎は平家が負わなければならないのだから。貴女を妻にという男は必ずいるだろう。それが嫌なら出家をして仏道に入ればいい」

 その言葉は優しさによるものだと分かったが、それでも小宰相には受け入れることができなかった。

「連れて行ってはくれないのですか」 

「わたしについてきて見れる景色は地獄だ」

 通盛は苦しげに首を横に振った。

「それでも構いません」

 小宰相は都に残るつもりなど無い。その決意はすでに出来ていた。

 通盛以外の男を夫とするつもりはない。

 そして、通盛が地獄を見ると言うなら、小宰相も共に在る。
 妻として、家族として。最後の瞬間まで。

「……ああ」

 通盛は表情を歪めて顔を手で覆った。

「貴女を不幸にすることが分かっていたなら、妻にはしなかったのに」 

「どこにいても、通盛様と一緒なら不幸ではありません。だから、そのように悲しいことを言わないで」

 小宰相は通盛の手にそっと触れる。

 通盛は肩を震わせて泣いていた。初めて見た彼の涙だった。
< 234 / 265 >

この作品をシェア

pagetop