あなたに捧ぐ潮風のうた
都を去ることを決めた以上、実行に移すには早ければ早いほど良かった。
平家一門は直ぐに荷をまとめて牛車に載せ、空になった六波羅の邸宅に次々に火を放ち、跡形もないように焼き払う。
通盛も部下に同様に屋敷に火をつけさせていたところだ。
戦いに決着が着き、いつか都に戻れる日が来るまでここには戻れないのだから、心残りは少ない方が良い。
……短い期間だったが、それでも二人で暮らした屋敷だ。燃やしてしまうには惜しかった。
しかし、いつまで立ちすくんで悩んでいても仕方がない。
通盛は隣で同様に屋敷の炎上を眺めていた小宰相の手を取った。
「他の者たちが列になって待っている。名残惜しいが、わたしたちも遅れないように行こう」
小宰相は通盛の言葉に「はい」とひっそりと頷いた。
「……本当に、誰にも別れを告げなくて良かったのか」
気遣わしげな表情をした通盛は眉を下げて尋ねた。
「ええ。乳母や乳兄弟は一緒に参りますから。上西門院様や女房達は……お別れを申し上げる時間はありませんでしたが、手紙を書きました。きっと今の状況を理解してくださいます」
小宰相は明るい表情で答えた。