あなたに捧ぐ潮風のうた
平家一門は牛車に乗り込み、あるいは自らの足で歩き、炎上する六波羅を行列になって後にした。
小宰相の乗る牛車には、乳母の呉葉や平家に仕える女房らが同乗している。
平家の一行が都を出て目指すのは西の要所である大宰府だ。その前に、先ずは福原に向かうことになっている。
結束の固い平家だが、都を離れるにつれて、従者や部下の中から一人、また一人と行列から外れていく者達がいた。
栄華を手にしていた時も、そしてそれを失った時も、命運を共にすると思って信頼していた者が、突如として平家を見捨てて離れていく。身内を大切にする平家の者達にとって、あまりに堪える試練だった。
そうやって列から外れる者もいれば、平家に志を同じくして列に加わる者もあった。
女房達の啜り泣く声が聞こえてくる。生まれ育った都から離れることが辛いのだろう。
小宰相は逃げるように牛車の窓の外から外を見た。窓の直ぐ隣には義則がいて、牛車を守っているようだった。
(……義則)
彼は小宰相の視線に気づいたのか、こちらをちらりと見る。視線が合いそうになって、小宰相は慌てて視線を逸らした。
事の発端は、数日前に義則が小宰相が通盛ら平家と共に都を離れることについて反対したことにある。勿論、小宰相の意志は微塵も変わることがなく、呉葉の説得もあり、結局は義則が折れた。
思えば、当初の通盛もそうだったが、ついてくるな、離縁して再婚しろ、あるいは出家して仏道に入れ、など男は皆一様に綺麗事を言うが、それでいて心の奥底では「最期まで自分だけに付いてきてほしい」と願っている。
小宰相には何も悔いることはない。
共に在る。それが二人の望み。
それで十分だった。