あなたに捧ぐ潮風のうた
道のりは長かったが、福原は目前だった。
山を越えて福原に近付くと、風が強く吹き付けてきて牛車を揺らした。
山の香りに混ざって不思議な匂いが漂う。
誰かが「海だ」と言ったのが聞こえてきて、小宰相ははっとした。
「姫様、なりません!」と呉葉が止める声も聞かず、思わず小宰相は牛車から身を乗り出してその光景を見た。
──造りかけで打ち捨てられた福原京の先には、視界いっぱいに巨大な海が横たわっている。
眩い太陽が揺らめきながら波の向こうに沈む夕暮れはあまりに綺麗で、小宰相はしばらく言葉を失ってその光景を見つめていた。
きっとあれが、通盛が小宰相に見せたかった景色、感じさせたかった潮風の匂いだろう。
(なんと雄大な……あの海の先には何があるのかしら……)
「姫様! 危のうございます!」
更に身を乗り出そうとする小宰相を慌てて呉葉が止めた。牛車の中に引き戻された後も、あの美しい光景が目に焼き付いて離れなかった。