あなたに捧ぐ潮風のうた
「全く、帰って早々何をしているのです」
「……」
「呉葉、その方は……」
あの少年は一体誰なのか。
不思議に思った孝子が呉葉に尋ねると、少年はますます不機嫌そうに眉間に縦皺を刻み、孝子に凍てついた視線を送りつけてくる。
年齢に似つかわしくない険しい表情に、孝子は咄嗟に言葉か出ずに狼狽えていると、恐ろしい形相をした呉葉が「いい加減になさい」と語気を強めた。
「貴方は寺で何を学んだのです。なんなら、もう一度寺に送り返してもよろしいのですよ」
呉葉は少年を叱咤をした後、孝子に向かって謝罪した。
孝子は首を振り、不快そうに顔を背ける少年を戸惑って見つめた。
「姫様、この者はわたくしの息子、義則(よしのり)と申します。元服前までは寺に預け、仏の教えを学ばせておりました。姫様の乳兄弟(ちきょうだい)にございます」
呉葉は頭を下げた。
それを聞いた孝子は目を瞬かせた。
記憶はないが、乳児のころは共に育てられたのだろうか、と義則をまじまじと見つめた。
よく見れば、確かに呉葉の面影があるような気がした。全体の雰囲気としては似てもにつかないが、鼻や口、漆のように黒く真っ直ぐな髪は母譲りに違いない。