あなたに捧ぐ潮風のうた
九の巻 潮風
日が経つにつれ、風が徐々に冷たくなっていく初冬。
平家が「水島合戦」で源氏方の追討軍に打ち勝った頃から、およそひと月が経過していた。
あの日の勝利以来、平家追討軍は屋島や屋島近海に姿を見せることは無かった。
一度勝利を収めたからといって、平家が三種の神器を有している限り、敵方が易々と諦めるはずもない。
それゆえに、一度も平家追討軍を見ないというのはいよいよ只事ではないと人々が訝しみ始めた頃、都を探っていた者からの情報が海から渡ってきた。
それは、木曽義仲と後白河院の対立という驚きの情勢だった。
そもそも、義仲はじめ東国の武士とは、都にふさわしい礼儀作法など何も身につけていない野蛮人で、都では恐ろしい体躯をした東国の武士が人々の家に強盗に押し入るなど傍若無人な振舞いをしており、都の者たちの評判も頗る悪いということだった。
後白河院はその野蛮さに目を瞑って政治的に手を組んでいたものの、新帝について異を唱えて揉め事を起こしたために、後白河院の不興を買ったのだという。そればかりか、義仲は後白河院を幽閉する手段を取り、強引に征夷大将軍となった。
当然、後白河院はこの上なく激怒した。
後白河院と平家とは敵対しているとはいえ姻戚関係にあり、平家の者たちは都の人間らしく上品な者たちばかりであったが、義仲は粗暴な東国の田舎者に過ぎない。
鎌倉に拠点を置くもう片方の源氏勢力である源頼朝に対し、一切の躊躇もなく「木曽義仲追討の院宣」を下したのだった。
平家はこれを又とない機会と捉え、源氏同士での愚かしい争いが繰り広げられている間に、戦に勝利をした勢いのまま態勢を立て直し、屋島から福原まで戻るという結論に至った。