あなたに捧ぐ潮風のうた

「兄上」

 その時、陣営側から誰かの声が聞こえてきた。通盛よりもよく通る少し高めの硬質的な声、これは通盛の弟教経だろうと小宰相は思い、ふと顔を上げた。

 通盛は小宰相を弟から隠すようにして「あっちに行け、教経」と犬でも追い払うように手を振った。

「もうそろそろ切り上げてください。ここは戦場です。奥方を呼び寄せているのは兄上くらいのものですよ、全く門脇家の嫡男たる者が情けない……。あまりうつつを抜かしているとそれが最期の別れになりますよ」

 あまりに容赦のない辛辣な教経の声が聞こえてきて、通盛が苦笑したのが分かった。

「恐ろしいことを言うな、教経。元々、妻は直ぐに帰すつもりだった。……全くわたしの弟は冷たいやつだな」

 通盛の低い愚痴の呟きに反応して、教経は「何か言いましたか」と底冷えする声を発して振り返ったようだった。

「いいや」
 通盛は肩をすくめた。

「責任を持って義姉上を船まで送っていってください」

 教経は最後に兄をひと睨みして踵を返した。

 どうやら弟の教経を怒らせてしまったようだと小宰相が落ち込んでいると、通盛は「全く素直じゃない弟だ」と何故か楽しそうに笑った。

 兄弟仲が良いのか悪いのか分からない、と小宰相は首を捻る。

 そして、彼は小宰相を再び抱き上げ、船まで連れて乗せた。

「船団のところまで貴女を送っていくよ」

 通盛はそう言って自ら櫂を持ち、海に漕ぎ出した。

 通盛が努めてゆっくりと漕いでいるのは分かったが、それでもあっという間に辿り着いてしまった。

 最後に、二人はお互いを気に掛け合って、名残惜しくも海上で別れた。
 
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