あなたに捧ぐ潮風のうた

 ◆


 ついに戦が始まった。

 福原に至る経路を塞ぐため、山側に布陣していた一部の平家軍が夜襲に遭い、追討軍がいよいよこの福原の地に向かって進軍しているという旨が平家方に伝えられた。

 追討軍を指揮しているのは、源義経という男であり、頼朝の弟であるという。実際にかの木曽義仲の首を打ち取ったのは、その義経という男だと言われており、平家側は警戒した。

「お前が此処に配置されるということはやはりこの山側が一番危ないのだろうか」

 通盛は菊王丸に鎧を着るのを手伝わせながら、傍らの弟に話しかけた。

「此処だけが危ないのではないでしょう。あの崖がある限りは易々とこちらには回れない。当然四方からやってくると思うべきです」

 弟は厳しい表情をしながら弓や刀の状態を確認した。

 戦においても冷静さを失わない教経は、通盛だけではなく平家にとっても頼もしかった。

 以前の水島の戦では、海上の戦闘だったにも関わらず、その正確無比な弓の腕でこれまでに何人打ち取ったか分からない。敵も恐れる勇猛さを十分に発揮して平家に勝利をもたらした。

 通盛は「流石はわたしの弟」と人知れず得意げだったが、弟に直接それを言うと、また何か小言を言われてしまいそうであるため、心の中に留めるだけで黙っている。

「戦で信頼されているのは兄上でしょう。目立たなくても戦いの多くで大将を務めていらっしゃるのですから」

「目立たないは余計だろう」

 褒めているのか貶しているのか分からない弟の言葉に、通盛は苦笑いした。
 
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