あなたに捧ぐ潮風のうた
平家軍は敵の騎馬に一斉に弓を射掛けた。
倒れる敵、落馬する敵もいたが、敵は屍を越えて波のように絶え間なく押し寄せる。敵も負けじと矢を射掛けてきて平家は物陰に身を隠した。
矢の撃ち合いが終わると、今度は敵味方入り乱れての乱戦になった。
鎧姿を見て名のある武将と見れば矢を射、組み合い、鎧の隙間から刀を突き入れて、次々に敵を屠る。情けをかけることは即ち死を意味した。
将たる通盛の周りには部下が固めていたが、敵の射た矢に倒れて討ち取られた者や、敵が大勢いて人数が足りない場所に援軍に向かった者もいる。
菊王丸だけは離れずに通盛を守り、通盛に近付く者がいれば、教経に鍛えられた弓の腕で見事に鎧の間を射抜き、打ち倒していた。
その時、通盛を守っていた菊王丸に向けて矢を構える兵がいた。しっかりと狙いが定められている。通盛は慌てて声を掛けようとしたが、すでに引き絞った弓から矢が放たれようとしていた。
通盛は最悪を予感して菊王丸に手を伸ばした。
「……!」
しかし、矢は菊王丸に当たることはなく、明後日の方向に飛んで行った。
何故なら、いつの間にか現れた教経が弓兵を背後から殴り、昏倒させたからである。
「教経……!」
思わず安堵の篭った声で弟の名を呼ぶが、すでに弟は敵陣に向かっていった。
それからも、平家は城郭を盾に次々に敵を打ち倒したが、敵の数には限りがないかのようだった。まるで浜に打ち寄せる波のようだ。
じわりじわりと迫り来る敵を見ながら、通盛は唇を噛んだ。一体平家はいつまで耐えることができるだろうかと通盛は心の中に焦りのようなものが広がっていくのを自覚していた。