あなたに捧ぐ潮風のうた
奮闘するが、戦況は徐々に悪くなっていく。
通盛は兵を指揮してじわりと押し込まれていた前線を上げようとしたが、荒々しい東国の兵(つわもの)は押しても退かない。まるで高く聳える山を動かそうとしているかのようである。
馬乗りになった敵兵が威勢良く声を上げながら刀を振り下ろす。血飛沫が上がる様子に慄く者もいれば、敵に背中を向けて逃げ出す者もいる。平家と死を共にする覚悟のない者は、この戦況に耐えきれずに脱兎の如く逃げていくのである。
「莫迦者、敵に背中を向けるな!」
前線の方で弟の教経の怒声が微かに聞こえてきた。その言葉も虚しく逃げ出す者は絶えなかった。
(……無駄だ、教経。誰もがお前のように生まれついて勇敢な人間ではない。一度背中を向けた者が足を止めることはない)
士気を下げる存在は不要だ。通盛は自分の真横を駆け抜けて逃げ出す者たちを止めることはなかった。
敵味方共に多くの負傷者、死者を出していた。
ここ山の手の陣だけでなく、他の陣営側にも敵は攻め入り、多くの犠牲者を出しているだろう。
それでも、院宣で下された平家追討と三種の神器奪還を阻止するために、平家は決死の思いで立ちはだかる。
たとえ自分が死ぬことになろうとも、安徳天皇と神器さえあれば、皇統の正当性と優位性が揺るぐことはない。平家再起の機会は必ず訪れる。誰もがそう信じて戦っている。
通盛は自分が役者にでもなったようだった。
大将として兵にそう説いて戦場に向かわせる自分は、実は最も死ぬことを恐れている。平家としての宿命から逃れることはできないが、生きて妻の元に帰りたいと思っているからだ。
だからこそ、戦場から逃げ出す者を止めることはできない。何故なら自分もいざという時にそうしないとも限らないからだ。
生きて帰るためにも、先ずはここから逆転の手筈を整えなければならない。通盛は辺りを見渡して、敵と味方の数、戦況を確かめた。
「……!?」
その時、突然響き渡った地鳴り、咆哮。通盛ははっとして背後の山の崖を振り返った。