あなたに捧ぐ潮風のうた
通盛は菊王丸と共に細い山道を下り、海に向かって走り続けた。
鎧は重く、息が切れて耳鳴りがする。喉からは血の味すらした。
それでも、迫り来る敵と必死に戦い続けながら逃げていたが、いつのまにか固まっていた平家軍は離れ離れになり、疎らになった。
教経の姿も見えない。そう易々と討ち取られるとも思えないが、弟は無事だろうか、他の陣営の者たちは無事だろうかと不安な気持ちが込み上げてくる。
通盛は平坦な道に出て走っていた足を緩めた。足には重石が括り付けられているようで、限界を感じていた。
それでも歩みは止めない。足を止めれば敵が来る。そうすれば敵は通盛を討ち取るだろう。
通盛と菊王丸は無言で歩き続ける。
その時、ふと顔を上げると、正面から三人ほどの兵が歩いてくるのが見えた。
明らかに味方のいでたちではない。既に抜刀しており、敵を探しているようだ。
「……くそ」
通盛は悪態を吐いた。菊王丸が息を呑み、背後で弓を握りしめるのが分かった。
直ぐに敵の一人がこちらに気付き、敵の視線が全てこちらに向けられる。
こちらは既に体力を使い果たした状況で、二人とも逃げきれるとは思えなかった。
しかし、軽装でまだ体力に余力のある菊王丸一人ならば逃げられるかもしれないと通盛は思った。共倒れてしまうよりはずっといい。
「……菊王丸」
通盛は刀を抜き、菊王丸を振り返った。
「わたしの最期の願いだ。妻への伝言を託す」
菊王丸は今にも泣きそうな顔をしていた。