あなたに捧ぐ潮風のうた
「……約束を果たせそうにない。貴女を幸せにしたいと思っていたのに、辛い思いばかりをさせてしまった。今生の縁だったが、死んでもなお貴女を愛している。わたしの死を嘆かず子を育ててほしい……と、必ず、必ずやそう伝えよ」
通盛はそう言って笑みを作り、菊王丸の背中を押した。菊王丸は唇を噛み締めていたが、通盛が「早く行け」と強めに促すと、彼は全てを覚悟したような顔で頷き、通盛と敵に背中を向け、走り出した。
主人の最期の頼み、菊王丸ならば必ず伝えてくれるだろうと通盛は信じていた。
通盛は刀を握りしめて敵に向き直ると、敵は直ぐそこまで迫っていた。菊王丸を追う気配はなく、通盛だけを見ている。
「貴殿は名のある平家の将とお見受けする」
敵の一人が通盛にそう尋ねた。
恐らく通盛の身につけている立派な鎧のためだろう。
「……さあな。どうしても知りたければわたしの首をとって人に尋ねてみるといい。お前たちが名を上げるよい手土産になるだろう」
通盛は刀を持ち上げて敵の首に狙いを定めた。腕は棒のようで上手く力も入らない。
たとえ、死ぬ定めだとしても、平家の将の一人として無抵抗に首を取られるつもりはなかった。
妻の名誉のためにも。
(孝子)
通盛は、最期の瞬間まで愛する人を想った。
約束を果たせないことが、ただ心残りだった。