あなたに捧ぐ潮風のうた




「……我が恋は細谷川の丸木橋……」


 沖の船中に在った小宰相は、潮風に乗せて和歌を詠んだ。

 それは、いつだったか通盛が小宰相に送った和歌の上の句だ。はて下の句はどういうものだったか、と小宰相は記憶を探ったが、どうにも思い出せなかった。

 今では和歌の一片すら恋しく愛おしいのに、当時は通盛から送られた和歌などろくに読まずに文箱に仕舞い込んでいたからだ。

 その時、船がにわかに騒がしくなった。何事かと呉葉や女房たちと不安な気持ちで視線を交わしていると、「福原は落ちた。兵を拾って屋島へ向かう」という男たちの報せが聞こえてくる。

(まさか)

 つまり、平家は福原での戦に負けた。再び敗走の道を辿るということだ。

(通盛様……)

 小宰相は夫の無事を祈った。
 祈ることしか出来なかった。

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