あなたに捧ぐ潮風のうた
それからというもの、福原から敗走して小舟に乗り込んだ兵達が次々に沖の大船まで辿り着いた。小宰相の船にも、兵達が乗り込んでくる。鎧の重さに引き摺られるような這々の体と言った様子で、中には傷も負っている者も多かった。
小宰相は通盛を探したが、何処にもいなかった。他の船に行ったのだろうかと不安に感じていると、足元で「北の方様……」と枯れた声で小宰相を呼ぶ、見覚えのある童がいた。
「貴方、通盛様の童ではないの」
声を掛けると、その童は目を固く瞑って頷く。怪我をしている様子はない。一先ず安堵したが、小宰相は先程から気になって仕方ないことがあった。
「通盛様はご無事なの」
「……通盛様、は……」
童は声を絞り出すように言った。
「逃げておられる最中に敵に遭遇なさいました。自分に北の方様への伝言を託され……そのまま……敵の手によって……」
最早、童は涙声だった。
小宰相はしばらく通盛の童を見つめていた。そして、静かに言った。
「……貴方は一人逃げてきたのだから通盛様の最期のお姿を見ていないのでしょう。たとえ伝言を託されたとしても、通盛様が命を落とされたかどうかなど、まだ分からないのに、何故そのようなことを言えるの」
小宰相は菊王丸から顔を背けて、彼の言葉を拒絶した。
不確かなことを突然言われたとして、受け入れることなど出来るはずもない。自然と童に対して厳しい口調になってしまうが、止められそうになかった。
「……必ず帰ると仰ったのよ」
通盛は約束をした。
約束をした以上、彼の言葉を信じるだけ。
そう思っても、不安な気持ちは益々増していく。
それから、幾日か経ち、通盛が敵に討たれたという話や、獄門に処された、などと受け入れがたい話を何度も兵達から聞かされたが、通盛が生きているという話は一度も聞かなかった。