あなたに捧ぐ潮風のうた
「誰に何を聞いたのか知りませんが、姫様を侮ることは貴方の母が許しません」
呉葉はそう言うが、不仲であるのは事実であるため、何の言葉も返せない。
孝子はただ、二人のやり取りをただ無言で見つめることしかできずにいた。
遠慮の無い言葉の往来からは、血の繋がった親子の信頼と言えるものが感じ取れた。
父と自分を鑑みれば、孝子はそのような二人が羨ましく感じる。
話を聞く限り、義則は今まで寺に預けられて修行をしており、呉葉とは離れて暮らしていたのだろうが、どれだけ距離を隔てていたとしても、親子の絆は無くならない。
羨ましく思いながら二人を見つめていると、義則が渋々といった様子で孝子に頭を下げた。
その様子を見た呉葉は表情を柔らかいものにすると、頭を下げる息子を見下ろして言う。
「義則、貴方はここの家人です。憲方様は勿論、姫様にも心を尽くしてお仕え申し上げなさい」
表情を引き締めた義則は、先程までの不服そうな表情は何処へやら、凛とした声で「はい」と頭を垂れた。
呉葉は優しい眼差しで息子を見つめていた。
厳しいだけではなく、心から息子を慈しんでいる眼差しである。その様子が孝子には眩しい。
顔をあげた義則は母と目が合い、照れたように視線を外した。