あなたに捧ぐ潮風のうた
その夜、小宰相は船内の誰もが寝入る中、寝床からそっと起き上がり、誰も起きないように船の中を歩いて外に出る。
月明かりに照らされた海面が濡れたように光っていて、船は穏やかに揺れていた。
小宰相は、通盛が行く場所ならたとえ何処であろうとも共に行くと自分に誓っていた。その思いは今に至るまで変わりはない。
昼間、呉葉には一度は納得するふりをしたが、通盛と「同じ場所」に行くにはこれしかないのだと小宰相は知っていた。
短い今生の縁の思い出に縋って生きるなど耐え切れるはずもない。
彼の最期の願いは叶えられそうにはない。彼は当然怒るだろうが、その代わり、彼が初めて破った「会いに戻る」という約束を代わりに小宰相が果たしに行くのだ。
衝動的なことではなく、じっくりと考えた末に出した答えだ。
通盛に出会って色々なことがあった。辛い出来事が多かったかもしれないが、福原や屋島、太宰府など、色々な地を旅して見て回る事も出来た。
愛して求める喜び、愛されて求められる喜び、通盛がいなければ知り得ることが出来なかったことばかりだ。
潮風が誘うように小宰相の頰を優しく撫でた。冬の風は冷たかったが、小宰相にとっては何よりも親しみやすくて優しいものに思えた。
「どうか、通盛様にもう一度会わせて下さいませ」
小宰相は「わたくしも愛しています」と唄うように囁き、抱き締めるように腕を広げた。
(この想いがどうか貴方様に届きますように)
そして、ゆっくりと暗い夜の海に身を投げた。