あなたに捧ぐ潮風のうた
一人の女が船から身を投げたと船頭が叫び、船の者達は飛び起きた。
乳母の呉葉は隣で眠っていたはずの小宰相が居ないことに気付き、直ぐに船の外に駆けつける。
海面には見覚えのある柄の美しい着物が浮かんでいて、呉葉は悲鳴を上げた。
「姫様……!?」
何故主人が寝床を抜け出したことに気づかなかったのか、と呉葉は自分の迂闊さを責めても責め足りない。
主人を守れなかった自分が生きていてもどうしようもないという思いに囚われて、後を追うように海に身を投げようとした時、「母上!」と肩を強く掴まれる。
その声の主は呉葉の息子の義則だった。
険しい顔をした義則は呉葉を後方に押しやり、直ぐに海に飛び込んだ。
人々が固唾を飲んで海面を見つめてしばらく、義則が小宰相を抱きしめて海面から顔を出した。
義則が彼女を船の上に引き上げると、人々は彼女を取り囲み、身体を揺すった。
「姫様……息をしてくださいませ……!」
呉葉の悲痛な声が夜の海に響く。
船の床にそっと横たえられて目を瞑る小宰相は、ぞっとするほど美しい女の顔をしていた。