あなたに捧ぐ潮風のうた
「……わたしの誤った思い込みが、姫様を傷付けてしまいました」
なるほど、と孝子は頷いた。
義則の初対面の態度に得心がいった。
恐らく、呉葉と親子の話をしてその誤解は解けたのだろう。
何も気にしていないことを義則に示すにはどうしたらよいか、と考えを巡らせていると、一つの妙案が孝子の頭の中に生まれた。
「これからは貴方を兄と思います」
「……は?」
ぽかんとした義則の顔が傑作だった。
継室の子供とはいえ、弟と妹ならいるが、兄姉はいない。孝子は昔から兄姉の存在に憧れていた。
実際、乳兄弟であれば、乳母の実子の方が生まれが早いのが通常である。
硬直している義則を見て、大胆なことを言ってしまったか、と孝子は少し不安になったが、義則はにわかに満面の笑みを浮かべた。
「……まさかそうくるとは思いませんでした」
二人は御簾越しに笑い合い、和解した。
御簾で内外が隔てられて距離があったため、孝子は義則を中に迎え入れた。
「どうぞ、中へ」
彼を近くに呼び寄せると、彼は顔を俯けたまま、孝子の言葉に従った。
実の家族を除き、この部屋の奥まで足を踏み入れた男は、義則が初めてであった。
父が知ればよい顔をしないだろうが、彼は呉葉の息子で乳兄弟。
父に言われる筋合いはない。
それは孝子が初めて父に覚えた反発心であった。