あなたに捧ぐ潮風のうた
孝子は小さく嘆息を吐いた。
形は違えど、孝子も義則も憲方の期待を背負っているのだ。……肩が重たくて仕方がない。
「わたしから姫様に差し上げる物があります」
唐突な義則の言葉に、一体何だろう、と孝子は首を傾げた。
義則は懐から黒く細長い、円筒のような何かを取り出した。楕円の切れ目と、複数の孔があり、表面が滑らかに輝くそれは横笛であった。
孝子に一礼した義則は、それを口元に押し当てて孔を押さえると、ゆっくりと息を吸い込んだ。
張り詰めた空気に柔らかな音色が広がり、孝子は瞼を閉じて音色に聞き惚れた。
楽士のように艶やかな演奏は、明るい太陽の下で吹くにはそぐわない。月の映える静かな夜、笛に興じることが似合う音色だった。
最後の余韻まで目を瞑って聞いた孝子は、目を開けてしまうのも惜しく感じられて静かな室内で感嘆のため息を吐く。
「……なんて──綺麗なの。兄様、素晴らしい腕前ですね!」
興奮冷めやらぬ孝子が勢い込んで賞賛すると、義則は「勿体無いお言葉です」と言って頭を下げた。
「それもお寺で手習いしたのですか」
「はい。出家なさった貴族の方に」
「是非、またお聴かせください!」
義則の笛の音は、何度でも聞いていたい気持ちにさせる。彼ほど上手く演奏する吹き手を、孝子は他に知らなかった。
手放しに賞賛する孝子の様子に、義則は照れたように微笑み、頰を掻いて小さく頷いた。