あなたに捧ぐ潮風のうた

 呉葉と共に牛車に乗ったのだが、それでもまだあと数人は乗って余りがあるほどに、牛車の内部は広々としていた。

 牛を操る牛飼童(うしかいわらわ)が手綱を取れば、牛車は一度ぐらりと揺れてから、ゆっくりと前に動き出したのが分かった。

 孝子は壁に背中を預けると、頭の中で流れているあの笛の音を思い返し、静かに目を瞑る。
 


 しばらくして御所に到着した孝子は、呉葉に手伝われて牛車を降りる。重く長く慣れない女房装束では移動も一苦労であった。

 上西門院の御所は、平安京の北西外れにある法金剛院である。荘厳な雰囲気を感じつつ、そろりと御所に足を踏み入れた。

 辺りには小川の清流が流れており、建物と建物は、小さな橋が架かっていた。御所の外観は比較的地味なものであったが、神聖さが感じられた。

 御所の中核に行くと、高価な衣服を身にまとい、上品な雰囲気を持つ女房たちが建物の中から孝子をじっと見つめている。

 遠目からでも分かる、まるで香るような女房たちの美しさに、孝子は圧倒される思いがして息を呑んでいた。

「藤原憲方の娘よ」

 突如として、柔らかな声だが威厳を感じさせる女の声が、孝子に向かって投げかけられた。

 その声の主が誰か、考えるまでもない。

 声がした建物の方を見ると、ここの主である上西門院が悠然と目を細めて微笑んでいた。

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