あなたに捧ぐ潮風のうた

 出家している彼女は、女の命と言うべき髪を背中の長さに切りそろえていたが、十人ほどの若い女房に囲まれて尚、人目を惹きつける魅力を持っている。

 孝子は不思議な力に導かれるようにして、仏の笑みを浮かべる彼女の元に行った。

「よくぞ参った、我が御所へ。お前には、わらわの女房として働いてもらう。きっと不慣れなこともあるだろう。分からぬことがあれば、遠慮せず、わらわや他の者に聞くがよい」

「はい」

「お前のことは小宰相(こざいしょう)と呼ぼう」

 さらりと続けられた上西門院の言葉に、孝子は目を瞬かせた。

「小宰相……でございますか」

「そうだ。お前の亡き祖父、藤原為隆が生前に参議──つまり宰相の位にあったことに所以する名だ」

 いわゆる昇殿を許された殿上人(てんじょうびと)に選ばれるだけでも名誉なことであるが、祖父は公卿であり、特にその中でも上位の上達部(かんだちめ)と呼ばれる存在であった。

 孝子改め小宰相は、謹んでその呼び名を拝受した。これからは最も親しい者たち以外は、小宰相と名乗り、呼ばれることになる。

 元来、習わしによって親しい者を除いて本名は秘匿される。名前とは霊的な力を持つものであり、気軽に呼んではならないというものである。

 特に女はそれが顕著であり、ほとんどが役職、家族に関する名前で呼ばれる。

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