あなたに捧ぐ潮風のうた
一の巻 前夜




 厳しい冬の寒さも緩み、命が芽吹く治承三年(1179)の春。

 今の世の中で最も力を持ち時流に乗った一族とはどの一門か。そう尋ねたならば、きっと物心ついたばかりの庶民の子供ですら正しく答えることができるだろう。

 その一門の名は平氏。今の朝廷では平氏という武士の一門が絶大な勢力を握っている。

 平氏は過去に反逆を企んだ源氏を追放し、最大の政敵を打ち破ると同時に天皇の信頼を得た。

 今や全国の重要な領地は全て平氏の物だと言っても過言ではなく、最も裕福で栄えている「貴族」だと言えよう。

 そもそも一介の武士集団に過ぎなかった平氏を今の地位にまで押し上げたのは、平清盛という男である。

 その男は尋常な男ではなかった。神仏の厚い加護と政治手腕たるや凄まじく、彼は父の努力を足掛かりに平氏に栄華をもたらした。

 例を挙げるならば、現在の天皇、高倉帝の中宮は清盛の娘である平徳子だろう。

 彼女は昨年次期天皇となる男児を産み、平氏の繁栄は絶頂を極めていた。

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