あなたに捧ぐ潮風のうた


 父である藤原憲方(ふじわらののりかた)の声である。

 廊下から大きな足音を立てて孝子の部屋にやってくると、床に届くかというほどに長く垂れ下がったしなやかな御簾を、父は払いのけた。

 父憲方は、罪人を取り締まる刑部省の長官、刑部卿という役職に就いている。

 仕事から帰ってきてその足でこの部屋に来たのか、服は仕事に着ていく簡素な直衣のままであった。

 呉葉は琵琶を弾いていた手を止め、この屋敷の主人に丁重な礼をする。

 呉葉と同じく琵琶を弾いていた孝子は、珍しい来訪者を怪訝に見やると、一旦手を止めて首を傾げた。

 一体何を言われるのか、と内心では目の前の男に対する懐疑に満ちている。
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