あなたに捧ぐ潮風のうた
「通盛様」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、そこには通盛の侍童である菊王丸が佇んでいた。
菊王丸はまだ十歳であるため元服しておらず、通盛の元で小間使いとして働いている。高い位置で一纏めに縛った長髪が彼をより幼く見せていた。
「どうした」
「上西門院様がご到着です」
法勝寺の入り口を見ると、確かに上西門院が数名の女房と共にいた。
挨拶をせねば──と爪先をそちらに向けたとき、通盛は菊王丸の表情が緊張に彩られていることに気付いた。
「菊王、疲れたか」
彼は逡巡した後、長い髪を揺らしながら首を横に振る。
実際は、高貴な人が大勢集う場所では気疲れするのだろう。花見をするどころではないはずだ。
「お前も平家の一門、臆することはない。落ち着いて、堂々としていればよい」
「はい」
菊王丸の表情が心持ち明るくなった。
侍童と言っても菊王丸は将来有望で、通盛には何かと気にかけていた。
例えると、菊王丸は末の弟のような存在かもしれない。
「では、菊王丸。上西門院様にご挨拶を申し上げに参るぞ」
「はい」
菊王丸は大きな目を不安そうに揺らした。
通盛でも緊張するのだから仕方が無い。
その様子がいつにも増して子供っぽいので、通盛は微笑んで彼の頭に手を置いた。