あなたに捧ぐ潮風のうた
彼は興奮を抑えきれないようで、孝子の様子には気づいておらず、口元は珍しく緩んでいた。
「孝子、お前は上西門院様にお仕え申し上げることになった」
風が急に止んだ。孝子はそのように感じた。それ程までに、その名前は孝子に対して圧倒的な力を持っていた。
「……上西門院様……」
呆然と呟く孝子に、父は「ああ、そうだ」と顎に手を当てて鷹揚に頷き、笑みを浮かべて床に腰を下ろした。
(上西門院様といえば実質、宮廷の女性の中では最も力を持った方のお一人ではないか。そのようなお方に、何故年端もいかず、出仕すら初めてであるわたくしなどがお仕えすることになったのだろうか……)
混乱する頭で必死に考えても、やはり孝子には分からなかった。
「お前も知っておろう、法皇様の姉君でいらっしゃるお方だ。お前は上西門院様の女房になる」
いつもは寡黙で孝子とはあまり口をきかない父だが、今日は浮かれているのか、どうやら違うようだった。