あなたに捧ぐ潮風のうた

 通盛の賛辞の和歌を受け取った上西門院は、やはり衰えぬ美しい笑顔を浮かべた。

 通盛は歩き出した上西門院の背中を追う。

「貴方は優れた和歌が即座に詠めるのに……。恋の噂が聞こえないのは惜しいことよ」

「……」

「勿体無いこと。貴殿は女の間で菖蒲(あやめ)の君と言われておるのに」

 女院の言葉に、ああ、と通盛は苦笑する。

 重衡から聞いたことがあった。

 重衡が『女房曰く、君は菖蒲、わたしは牡丹だそうだ。言われてみると、白い朝露を集めた深い落ち着きのある青紫の花弁は、まさしく君に相応しい』と薄気味悪いことを語っていたので、そのときは無視した。

 誰とでも直ぐ仲良くなる彼は、女房たちとも交流があり、女の噂話によく混ざっているのだ。

 そういえば、そういうこともあった、と遠い記憶を手繰り寄せた。

 もとより、平家一門には容姿端麗の者が多い。

 女子から人気の高い重衡や、光源氏と喩えられる維盛、女と見紛う美貌を持つ敦盛、通盛の弟も男らしい美丈夫だ。

 一方、通盛の容姿は悪くはないのだろうが、彼らに比べると華がない。

 菖蒲の色のように、地味なのだ。皮肉な呼ばれ方である。

< 50 / 265 >

この作品をシェア

pagetop