あなたに捧ぐ潮風のうた
「いや、今日この良き日に俗世の噂など思い出すべきではないな。まるで、今日の法勝寺は現世の極楽浄土よ」
上品な笑い声を上げた上西門院は、ふいに足を止めて振り返る。
「小宰相、宴の席を用意せよ」
「はい」
通盛は、後ろから聞こえた鈴を転がすような声にはっとした。
通盛の脇をすり抜けていく一人の女房の横顔に目を惹きつけられる。
肌は陶器のように滑らかで、伏せられた目は、光の差し具合で深海の色に見えた。
丁度良い高さをした鼻梁と控えめな唇は絶妙な調和を保っている。
濡れた烏の黒髪が風に靡き、鼻腔をくすぐる甘い匂いが通盛の全意識を奪っていった。周りにあった音が、一瞬で遠のいてしまったようだ。
通盛は小宰相と呼ばれた女房の清らかな輝きに呼吸を忘れる。
清廉で控えめだが、通盛に強烈な衝撃を与えるには十分であった。
──通盛は、茫然と仙女のような女房の後ろ姿をただ見つめるしかなかった。