あなたに捧ぐ潮風のうた
通盛、という遥か彼方から届いた呼びかけが、通盛の意識を呼び戻した。
目の前には上西門院がおり、通盛の顔を怪訝そうに見つめていた。
我に返った通盛は非礼を詫びたが、上西門院は表情を和らげた。
「通盛もそのような顔をするのだな」
「……私はどのような顔をしていますか」
「まるで魂を抜かれた男の顔だ」
その言葉に、思わず通盛は自分の顔に手をやって表情を確かめていると、上西門院は耐え切れなくなったように笑い出す。
「小宰相、お前は誠に罪な女子よな」
花見の場を整えていた麗しの女房──小宰相は、主の言葉に首を傾げて振り返った。
彼女の表情は通盛の心をざわめかせ、今まで感じたことがなかった感覚が全身を襲った。
上西門院は他の公達にも声を掛け、数名を花宴の席に招いた。
立ち働く女房たちに杯を渡され、手際良く酒を注がれる。上西門院が杯を空けたのを見て、通盛も杯を空けた。
ふと甘美な匂いがすると思えば、横には「どうぞ」と酒瓶を傾ける小宰相がいた。
至近距離で顔を突き合わせた通盛は心の臓が飛び跳ねた心地がした。
何も言葉が出ず、浮かされたような顔で小宰相をただ見つめる。
小宰相はその熱を含んだ視線に微かに頬を赤らめ、困惑した表情で目線を逸らした。
「あの、通盛様?」
その可憐な唇が通盛の名を紡ぐ。
通盛は彼女への言葉を探したが、見つからなかった。
重衡の女へ投げかける気の利く言葉の数々を少しでも覚えておけば……と思ったが、時すでに遅し。
それでも言葉を探しながら杯を差し出すと、小宰相が酒を注いだ。