あなたに捧ぐ潮風のうた
俯く孝子を見た父は、「ああ、そのことであったか」と納得したように何度か頷いた。
「気にする必要は無い。上西門院様とて、お前がまだ若く、行き足りないことが多々あるのはご承知だろう。若いお前が上西門院様に説いて聞かせる機会などない。お前はお前なりに、頂けた機会を生かして心からお仕えすればよい。私は期待している」
孝子に素っ気ない父憲方がいつになく優しい顔をしていた。
孝子は父の正室の娘であるが、その正室──つまり孝子の母が亡くなってから、父は年若い継室を娶った。
その継室への寵愛はたいそう深く、自ずと孝子と父が接する機会は減ってしまった。
今現在、父の愛を一身に受けているのは、当然のごとく継室の子供たちである。
しかし、孝子が父や継室から蔑ろにされているわけではない。
ただ、彼女は幼いながらに自分の居場所が無いように感じ、父と義母ら家族の輪からはみ出した自分の存在を持て余していた。