あなたに捧ぐ潮風のうた
二の巻 浄土
皐月の中旬。
小宰相は上西門院の御所出仕から少しの暇をもらい、屋敷に戻ってきた。
里帰り中は、特にすることもなく、半ば癖のように、角が摩耗した書物をめくる。
手に取った物語の内容も全く頭に入らず、小宰相は重いため息を吐き、そっと物語の表紙を閉じた。
「姫様?」
すかさず呉葉が気遣わしげに声を掛けてくる。それを皮切りに主を慕う侍女たちが集まってきた。
彼女たちは昼間から憂鬱そうにしている主を見て心配していたらしく、各々表情が優れない。
小宰相には今、気掛かりなことが二つある。
一つはひっきりなしに送られてくる恋文である。
越前守平通盛はなかなかに諦めが悪い人のようであった。
ただ、悪い人ではなく、寧ろ誠実で優しい点が寧ろ難点だった。
文面からは、常に小宰相に気を遣う真面目な性格が窺えた。
──だが、またそれが小宰相を悩ませる理由の一端となっていた。