あなたに捧ぐ潮風のうた


 翌日、小宰相は坊主の法話を聴くため、義則を伴って、寺に参上することになった。

 長く伸ばした髪を背中で何度か纏め、丈が短めの、朱と銀の色をした着物を身につけていた。

 顔を隠すため、市女笠を被り、その周縁には虫たれぎぬという薄い布を垂らしている。

 元は市女(物売り女)がしていた格好であったが、いつしか公家などの貴族の子女や婦人が外出する際──主に仏事にまつわること──に好まれて着られるようになった。

 動きやすい市女笠姿を小宰相は気に入っている。

 義則が「ご機嫌でいらっしゃいますね」と指摘するほどに上機嫌であった。

 寺に入る東山のところで、今回誘いを受けた上西門院付きの女房が共を従えて待っていた。

 彼女とは稀に会話を交わすのみの間柄であり、実を言うと親しい仲だとは言えないが、仏の教えへの探究心を強く抱いている者同士であるという共通点で繋がっていた。

「ここのお坊さまは誠に素晴らしい御方でいらっしゃいますのよ。きっと小宰相殿もその法話に感銘を受けられることでしょう」

「ええ、とても楽しみにしておりました」

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