あなたに捧ぐ潮風のうた

「どうぞ、お入りください」

 小宰相の困惑した表情を見て、彼は腕を広げて人の良い微笑みを浮かべた。

 促されるままに草庵に上がると、小宰相は何よりもまず正面におわす阿弥陀如来に目が釘付けになり、言葉を失う。

 蓮の上に鎮座する阿弥陀如来には背光が差し、万物への慈悲に満ちた表情で小宰相を見つめていた。

 なんと……美しいことだろう。

 坊主はそのような小宰相を見て穏やかに微笑んだ。

「──阿弥陀如来さまはこの世をあまねくお照らしになる光であらせられます。それには貴賎も男女も老若もありません。計り知れない、限りない、真実の存在なのです」

 真実、と小宰相は呟いた。

「……ご挨拶が遅れました。私は法然(ほうねん)と申します」

 柔らかく微笑んだ法然は、腰を折って丁寧に頭を下げた。

 人が良く信頼できる笑顔に小宰相の心はするりと解けた。
 彼──法然上人は、今から四年前からここ東山吉水に居を構え、これまでにあった浄土の教えを宗派として確立した、浄土宗の開祖だという。

 多くの人に浄土宗を広めるため、比叡山から降りてきたらしい。

 法然という名は聞いたことがあったが、このような場所に身を置いていたとは知らなかった。

 そして、驚くべきことに、彼は四十七歳だという。見た目もさることながら、声や立ち振る舞いも若々しい。これも徳の為すところなのだろうか。
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