あなたに捧ぐ潮風のうた


 多くの人々はもはや今生での幸せを諦め、死後や来世の救い、すなわち極楽浄土への往生を求めるようになった。

 ……この濁世では、貧しき者たちは夢を抱くことさえ出来ないのかもしれない。

「正しい教えを知らない者たちは、自らにどのような厳しい修行を課そうとも、悟りを開くことが出来ません」

 けれども、と間髪入れずに言った法然は、阿弥陀如来像ととても良く似た慈悲に満ちた表情をしていた。

「このような末法の時代でも、月の光は眩い輝きであらゆるものを照らし出しています」

 暗い夜空に浮かぶ月。
 何も見えない世であるが、ただ月だけが真実の光を放っている。

 その言葉は小宰相の胸を打った。

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